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2011年8月 5日 (金)

ライブ回顧録~第三回 【1980-1981】

【1980-1981
前年のリンダ・ロンシュタット、イーグルスに引き続き、まだまだウエスト・コースト系のコンサートが多かった。
1980 J.D.サウザー
1980 ニコレット・ラーソン
1980 ジャパン・ジャム2
1980 ジャクソン・ブラウン
1981 スティービー・ワンダー
1981 REO スピードワゴン

☆1980年2月22日(金)
J.D.サウザー
東京厚生年金会館ホール
招聘元:KYODO
Jd19800222_ticket_s Jd19800222_program_s

Vincent Edward Melamed : Keyboards
David LawKemper : Drums
Robert Isamu Tsukamoto : Bass
John.C.Leo : Lead Guitar
Jorge Antonio Calderon : Vocals

単独の公演としては初めての来日である。それまで泉谷しげるのコンサートやローリング・ココナツ・レビューへの出演で来日はしているが、前年1979年発表の“ユア・オンリー・ロンリー”の大ヒットを受けての待望の来日公演と言う事になる。それまで日本では、一部のウエスト・コースト・ロックのファンにしか知られていなかった彼だが、この曲のヒットにより多くのファンを獲得した訳だ。とは言え、それらの人々がそれ以前のソロ作やサウザー・ヒルマン・ヒューレイ・バンドを聴いてくれたかは疑問だが。

このコンサートの一番の盛り上がりは、飛び入りで参加した泉谷しげるだった?



☆1980年5月27日(火)

ニコレット・ラーソン
東京厚生年金会館ホール
招聘元:KYODO
Nicolettelarson19800527_ticket_s Nicolettelarson19800527_program_s

Nicolettelarson19800527_fryer_s Doug Livingston : Keyboards
Kenny Gradney : Bass
Paul Barere : Guitar
Rick Shlosser : Drums
Bobby Lakind : Percussion/Vocals
Lee Thornberg : Trumpet
Gerome Jumonville : Saxophone

フールズ・ゴールド、リトル・フィート、ドゥービー・ブラザーズのメンバーをバックに
フールズ・ゴールド、リトル・フィート、ドゥービー・ブラザーズのメンバーをバックに、小柄で愛らしい姿が印象的だった。

そんな彼女も、1997年に脳浮腫の為亡くなった。45歳だった。翌年にサンタモニカで開催されたトリビュート・コンサートには、彼女と所縁の深いミュージシャンが数多く参加した。 Lottalove3sm

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☆1980年8月17日(日)

ジャパン・ジャム 2
横浜スタジアム
招聘元:VAN PLANNING
Japanjam219800817_ticket_s Japanjam219800817_program_s

出演バンド
チープ・トリック
アトランタ・リズム・セクション
カラパナ
サザン・オール・スターズ
スペクトラム
RCサクセション

チケットやプログラムにその名前は載っていないが、RCサクセションも参加しパワフルなステージを見せてくれた。

私のお目当てはアトランタ・リズム・セクションだった。バンド名が示すように南部のバンドではあるが、オールマン・ブラザーズ・バンドやレーナード・スキナードなどの、いわゆるサザン・ロックの泥臭さとは無縁のソフィスティケイトされた音楽だ。それは、その髭面からは想像つかない少し鼻にかかった優しい歌声のリード・ボーカル、ロニー・ハモンドによるところも大きい。そのロニー・ハモンドが今年(2011年)の3月14日、心臓発作の為ジョージア州モンロー郡の病院で亡くなったそうだ。享年60歳。

そして、一緒に行ったサーファーである会社の後輩のお目当てはカラパナだった。しかし、この頃のカラパナはフュージョン色が濃く、彼の知っているカラパナではなかった。残念!

チープ・トリックは、前年1979年発表のアルバム「ドリーム・ポリス」が全米6位を記録している。ベースのトム・ピーターソンはこの時既に脱退(1987年に再加入)していたが、コンサートプログラムにはトムの名前が載っており、トムの脱退を知らなかったファンもいたようだ。しかし、ステージは大雨(この日途中から雨が降り出した)に負けない熱の入ったものであった。

1.RCサクセション-雨上がりの夜空に
2.アトランタ・リズム・セクション-イマジナリー・ラバー
3.カラパナ-メニイ・クラシック・モーメンツ
4.チープ・トリック-ドリーム・ポリス



☆1980年11月23日(日)

ジャクソン・ブラウン(ホールド・アウト・ツアー)
日本武道館
招聘元:UDO
Jackson19801123_ticket_s Jackson19801123_program_s

Jackson19801123_fryer_s David Lindley : Guitar
Russ Kankel : Drums
Bob Glaub : Bass
Craig Doerge : Keyboards
Bill : Payne : Keyboards
Doug Haywood : Vocals
Rosemary Butler : Vocals

最高の布陣である。これこそ最強のメンバーと言うファンも多い。やはり“ステイ”はローズマリー・バトラーの迫力あるボーカルと、デヴィッド・リンドレーのファルセットがあってこそだ。

ホールド・アウト・ツアーとは言っても、ステージのバックのスクリーンには“ランニング・オン・エンプティー”のジャケットの風景が映し出されていた。

アルバム「ホールド・アウト」は、この年の9月に全米No.1を獲得している。現在のところ、彼にとって唯一のNo.1アルバムではあるが、彼のファンにはあまり評判が良くない。“ディスコ・アポカリプス”での決して上手いとは言えないファルセットや、“ブールヴァード”のサウンドには、正直驚いたものだ。このアルバムが二度目の妻となる(後に離婚)リン・スイーニーに捧げられていると言うのもファンから良く思われていないのか。“ホールド・オン・ホールド・アウト”では『I Love You』 とまで言っている。そうそう、この部分、来日公演では『アイシテル』と歌ってました。私はこの曲好きなのだが、私の友人のジャクソン・ファンMeg3は嫌いらしい。ジャクソン自身も近年この曲をステージで歌うことは無くなった。しかし“オブ・ミッシング・パーソンズ”や“コール・イット・ア・ローン”など素晴らしい曲もある。最近のステージでは“ブールヴァード”をセット・リストの1曲目に持ってくることも多いようだ。2008年のSoundStageや2010年の来日公演でもそうであった。大学時代の友人に「うなぎが這うような声」(随分と失礼な言い方ではあるが、当たっていなくもない)と評されたジャクソンのボーカルも力強くなった。

Setlist(setlist.fmより)
01.The Fuse
02.For Everyman
03.Here Come Those Tears Again
04.Fountain of Sorrow
05.Call it a Loan
06.You Love the Thunder
07.Of Missing Persons
08.Before the Deluge
09.Disco Apocalypse
10.That Girl Could Sing
11.Hold Out
12.Boulevard
13.Doctor My Eyes
14.Running on Empty
15.Sleep's Dark and Silent Gate
16.The Pretender
17.Hold On Hold Out
18.The Load-Out
19.Stay
20.Take it Easy

これから先歌ってくれそうにない“ホールド・オン・ホールド・アウト”です。



☆1981年3月31日(火)

スティービー・ワンダー
日本武道館
招聘元:KYODO
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プログラムの表紙からわかるように、1980年の「ホッター・ザン・ジュライ」発表後のツアーである。

コーラスの女性二人と両手をつなぎながらステージ上の階段を降りて登場してきたのを覚えているが、他はあまり良く覚えていない。だいいち、このアルバム持ってないし。“マスター・ブラスター”は好きです。



☆1981年9月29日(火)

REO スピードワゴン
日本武道館
招聘元:UNIVERSAL ORIENT PROMOTIONS
Reospeedwagon19810929_ticket_s Reo19810929_program_s

Reo19810929_fryer_s_2 アルバム「禁じられた夜」(Hi Infidelity)はとにかく売れた。なんせ、それまで8週連続1位を記録していたジョン・レノンの「ダブル・ファンタジー」を蹴落として1位になるや、その後15週連続1位という記録を残している。
シングル・カットされた“キープ・オン・ラヴィング・ユー”も1位になった。日本では“涙のレター”がシングル・カットされヒット。
REO スピードワゴンは一度解散したもののまた再結成し、現在も活動を続けているらしい。去年私は、彼らとスティックスのツアー(2000)のライブ映像を観た。同窓会だね。

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